ミス慶應歴代アナウンサー情報まとめ!当時の動画あり

ミス慶應からアナウンサーになり、日本を代表するアナウンサーになる人は少なくありません。

ミス慶應グランプリを獲得することが、アナウンサーへの近道と言っても過言ではないでしょう。

当記事では、ミス慶應にコンテストに応募後、アナウンサーになった歴代を紹介していきます。

1999年のミス慶應:中野美奈子「フジテレビアナウンサー」


中野美奈子さんは香川県丸亀市出身で、小・中・高は地元の学校に通い、高校時代には写真部で活躍し、地元マスコミでも取り上げられた事があります。

大学は地元を離れ、慶應義塾大学商学部に進学し、2年生の時にミス慶應のグランプリに選ばれました。ミス慶應コンテストからは多くのアナウンサーを輩出しており、この時から着実にアナウンサーへの道を進み始めたと言えます。

在学中に日テレのイベントコンパニオンの経験もあり、日テレも受験しましたが、最終面接まで進むも不合格となり、結局フジテレビに就職し、局アナとしてスタートを切りました。

局アナ時代には、入社1年目の2002年に『めざましテレビ』のキャスターに大抜擢され、2009年まで出演を続け、その後すぐに小倉智昭が総合司会を務める『情報プレゼンター とくダネ!』のサブ司会となり、順風満帆な局アナ時代を過ごしました。

そして女子アナとしての人気も高まり、2009年には好きな女子アナランキング1位にも輝きました。

2010年に整形外科医と結婚し、夫がシンガポールに赴任する事になり、2012年にフジテレビを退社し、フォニックスに所属しのフリーアナウンサーとして活動を開始します。

フリーアナウンスとなって以降もフジテレビのいくつかの番組に出演し、活躍しています。年齢と家庭生活の変化に上手に対応しながらアナウンサーを続けている事は特筆に値すると思います。

1999年のミス慶應:鈴江 奈々「フジテレビアナウンサー」


鈴江奈々さんは、神奈川県出身のフリーアナウンサーです。2歳までアメリカ合衆国アラスカ州に住み、
その後就職するまで神奈川県藤沢市で過ごされていました。

中学から大学までの10年間はダンスにのめりこみ、高校時代には「全国高校創作ダンスコンクール」で全国2位に入賞した経験もあるそうです。

進学先の慶応義塾大学では、2年生の時にイギリスブライトンに短期語学留学、そしてその年に冬にミスキャンパス『ミス慶応』に選出されました。

大学卒業後の2003年には、日本テレビにアナウンサーとして入社しています。2007年に同局の葉山エレーヌさん、夏目三久さんとともに「go!go!ガールズ」を結成し、

人気女子アナとして世間で認知されるようになりました。その後は『真相報道 バンキシャ!』や『NEWS ZERO』など、有名なニュース番組でキャスターを長年務められています。

私生活では、2008年に広告代理店勤務の一般男性と結婚され、2013年に第一子となる男児を出産されました。

現在は子育てと両立し、News every.のメインキャスターとして活躍されています。

2001年のミス慶應:青木裕子「TBSアナウンサー」


青木裕子さんは、埼玉県出身のフリーアナウンサーです。

高校時代から雑誌『東京ストリートニュース!』などで読者モデルとして活動し、2001年、慶応義塾大学在学中にミスキャンパス『ミス慶応』に選ばれました。

その後は芸能事務所のアミューズに所属し、『ViVi』などの女性雑誌で活躍、大学では演劇サークルに所属し、主演を務めることもありました。

大学卒業後の2005年に、TBSテレビにアナウンサーとして入社しました。入社後は『サンデー・ジャポン』『神さまぁ~ず』などバラエティーを中心に活躍し、人気アナウンサーとして世間でも認知されるようになりました。

2012年末に7年間務めたTBSを退社し、翌年2月1日に現事務所であるレプロエンタテインメントに所属しました。

私生活では、TBSの番組『人生最大のサプライズ プロポーズ大作戦!』での共演をきっかけに、2012年3月にナインティナインの矢部浩之さんとの結婚を発表しました。

現在は矢部さんとの間に2人の男の子を授かり、子育てをしながらフリーアナウンサーとして活動しています。

2002年のミス慶應ファイナリスト:秋元優里「フジテレビ」


秋元優里さんははフジテレビに所属するアナウンサー、1983年生まれの37歳です。
お名前は「ゆうり」ではなく「ゆり」とお読みします。

お父さんが外交官だった関係で小学2年生から2年間イギリス・ロンドンで、その後約2年半ロシア・モスクワに在住されていた経験をお持ちの帰国子女です。

1996年に帰国されると慶応義塾湘南藤沢中等部に入学、その後慶応義塾大学に進学されます。慶応義塾大学在学中の2002年にはミス慶応に出場、ファイナリストまで残るものの、グランプリは逃しています。秋元さんを抑えてグランプリを獲得された方を見てみたいものですね。

卒業後フジテレビに入社され、「報道2001」の司会や「プライムニュース」「ニュースJAPAN」といった同局の看板ニュース番組でキャスターを担当されます。入社以来一貫して報道を担当されていますが、2012年には初となるバラエティの司会も担当そしています。バラエティ番組では報道番組で見せる美しく知的な一面とは別の一面を見せてくれました。

現在はキャスターとして活躍する姿をテレビでなかなかお見かけ出来ませんが、その美貌は未だ根強いファンに支持されています。もう一度キャスターとして復活される姿を見たいものです。

2006年のミス慶應:竹内由恵「テレビ朝日」


竹内由恵さんは、東京都中野区出身のフリーアナウンサーで現在はアミューズに所属しています。生まれたのは1986年1月20日で、最終学歴は慶應義塾大学法学部政治学科です。

弟は俳優として活動している竹内太郎で、彼女は小学4年から中学3年生まで父親の仕事の都合でアメリカとスイス、イギリスで暮らしていました。

帰国後に東京学芸大附属高校から、慶應義塾大学に進んだのです。そんな大学在学中の2006年、竹内由恵さんはミス慶應に選出されています。

しかも彼女は当時、ボクシング部のマネージャーをしていて新入生を勧誘している際にたまたまミス慶應の目に止まったのが切っ掛けだったのです。

更にミス慶應に選出された事で、アナウンサーを目指す様になりました。その結果、2008年4月にテレビ朝日に入社したのです。

同年の7月には「速報!甲子園への道」の神奈川県担当となり、アナウンサーとしての初出演を果たします。その後はテレビ朝日の人気アナウンサーとなり、同局の様々な人気番組に出演していました。

新人のアナウンサーにもかかわらず、2008年10月からはミュージックステーションで8代目サブ司会者として、タモリさんと共に同番組を盛り上げました。

そんな中、2019年3月に同学年で医師の一般男性との結婚を発表したのです。加えて2019年12月31日にテレビ朝日を退社して、フリーアナウンサーとなりました。テレビ朝日を退職後は夫の勤務地である静岡県に移住し、2020年9月16日には第1子の妊娠を発表しています。

以降、静岡県に移住してフリーアナウンサーとして地元を拠点に活動を行っています。子育てと仕事の両立を目指し、竹内さんは精力的に活動しています。全国テレビで見かけるのは以前よりは少なくなりましたが、静岡では今でも活躍しているため、ファンとしては安心と言えるでしょう。

2013年のミス慶應:宇内 梨沙「TBS」


宇内梨沙さんはTBSテレビに所属するアナウンサーです。「宇内」は珍しい苗字ですが、「うない」と読みます。

宇内さんは1991年生まれの29歳。神奈川県横須賀市の出身で、ご実家は宇内建設という建設会社をされているそうです。兄弟は3人、上にお兄さん2人がいらっしゃいます。考古学を学ばれていたお父さんの影響でお兄さん2人も美術史、歴史を学ばれており、一家揃って研究者気質だったそうです。

梨沙さんご本人は幼少時よりゲームを趣味にしており、eSports等の知識が豊富であったり、格闘ゲームイベントにも参戦するなどセミプロゲーマーとも言えるほどだそうです。

そんな梨沙さんは神奈川県の進学校県立横須賀高校を卒業後、一浪を経て慶応義塾大学文学部に進学します。大学進学後は芸術学を専攻し、学芸員の資格も取得されています。在学中の2013年にはミス慶応に出場し、なんとグランプリを獲得されています。

底抜けの明るさと無邪気な少年性を併せ持つ事から「小学五年生」とも揶揄される梨沙さん、美貌と知性と意外性を兼ね備えたまさに新時代の「才色兼備のアナウンサー」と言えますね。

そんな宇内梨沙さん、今後の活躍に大きく期待出来ますね。

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